*コラム*だけど生きていく*

*コラム*だけど生きていく*

近日中に子育てをした家を離れて、人生のステージをまた上がることになり、自分の子育てや、発達障害と二次障害の当事者としての半生とちょっとを思い返してみるという機会がありました。

私が今の家に子供たちを連れて住み始めたのは、10年ほど前です。

当時私は自身が発達障害であることも知らず、診断名もいわゆる精神疾患でした。

症状はとてもいいとは言えない状態で、強迫観念と被害妄想がひどく、一人での外出もままならず

町内会に加入すると会議やイベント回覧板など、人と接する必要が出てきてしまうので、本当に子供と三人ひっそり暮らしていました。

そんな昔話をするつもりもなかった場で、誘導尋問的に聞き出されてしまい。。。

病名こそ伏せたものの、外出が出来ず近所付き合いや学校行事への参加もとても苦労した話をすることになりました。

その方は、続けました。

「その間、生活はどうしていたの??」

悪意はなかったのかもしれない。素朴な疑問だったのかもしれない。今の私から、当時の私が想像できないのはみんな一緒です。

ケラケラとよく笑い、悩みあるの??という天真爛漫な振る舞いで。が、自分の中でも基本スタイルなので、私の闇を知ってる人は少ないと思う。

「その間、生活はどうしていたの??」

当時の外出できない私が仕事を持つことなどできるわけがなく

ならば、前の生活を続けて引っ越しなどしなければよかったじゃないの??と、言うのも、子供たちの成長と共に難しく。

色々な事情が重なってやむを得ず、最低限の生活を営ませていただいていました。

その質問をした方は、また言葉をつづけました。

「仕事してないのに自炊しないとか考えられないよね!」

懐かしい痛みでした。

それは、メンタル面の体調が悪く寝込んで居るときに

私がご飯作らなければ!!私が作る以外に選択肢などない。贅沢なんてしてはイケナイ。甘えたらイケナイ。

子どもたちおなか減らしてる、他にこの家に大人はいない。

作る以外に選択肢はない!!

仕事もできない、家事も出来ない、何も今日一日していない。

と、自分を呪って全く動けない鉛のような

大地に溶け出してしまった重たい身体を無理やりに動かそうと涙をぼろぼろ流しながら格闘したお夕飯時に自分にかけていた言葉

「仕事していないのに自炊してないとか考えられないよね?」

世の中には、障害理解に関して数種類のグループがあると考えています。

〇障害を理解したいと思い理解している

〇障害を理解しようとしていないけれど自然と理解できてる

〇障害を理解しようとも思っていない

〇障害を理解したいけれどできない

〇障害を理解した気になっているが出来てはいない

私は、この分類にたどりついた時、少し楽になりました。

自分の中で、受けた印象をカテゴライズしてなら仕方ない!

と、終わりにすることができるようになったから。

その質問をした方も脳内でカテゴライズして、もう割り切りました。

だって、そういう種類の人なんだもの。仕方ないよ。

私はそれでも生きていかなきゃいけないんだもの!

このコラムを最後まで興味をもって読んでくださる方に向けて

追記いたします。

子育てを無事終えて、自分一人を自分で食べさせてあげられるようになる!!と、目標を持って今は細々とではありますが

目標を達成し、継続のために尚挑戦をしています。

育て辛さ、生きづらさを抱え、思うように家事や育児が出来ずにモヤモヤしているママに、私の経験談が届いたらいいなと。

会は、まだ広く開催できていませんが、引き続き大きな会のメールアドレス宛にメールをするとお返事が返ってくる【ロバ耳プロジェクト】は継続中です。

そっと胸の内聞かせて下さいね。

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